A. S.
私がHRをつけるようになったのは、高校3年の時です。
それまでは母がつけているとは知っていたものの、
はなから信じようとしていませんでした。
しかし、高3になってすぐ、人間関係にトラブルが起き、
私は学校に行きたくなくなる程ショックで毎日泣いて
すごしていました。そして母の「試しにHRをつけて
みれば?」の言葉でつけることになったのです。
 それからというもの、少しずつではありましたが
トラブルが解決してきて、さぁ元通りの学生生活へ、
と思いはじめた5月末のある日、朝起きてみると
顔を含め全身に疥癬のようなものができていたのです。
学校に行くと、当然みんなは「どうしたの?」と
好奇な目で見てくるし、中にはからかってくる子もいました。
今思えばこれは体に対する浄化であり、
いろいろ言ってきた子たちに悪気はなかったのだ
と冷静になれるのですが、当時の私は人の目を
異常なまでに気にし、また考え方が後ろ向きで
とても消極的でした。だから辛くて辛くて学校を
退めることまで考えたのですが、そこまでの度胸もなく、
あのころは毎日をとても暗く過ごしていました。
しかし、担任の先生や数人の友達、そして両親が
私を支えてくれたおかげでこれを乗り越えることができました。
 ちなみに顔のは1ヶ月程でひいたのですが体のは
半年程出ていたため、体育の時は夏でも特別に
ジャージをはかせてもらうなどしていました。
 このことが一段落すると、今度私に待ち受けていたものは
受験でした。最終的に4年制大学を2校、短大を4校受ける
ことにしたのですが、入試前に私が不安になったのは、
合格不合格のことよりも、無事に受験できるかということでした。
 私は高一くらいから1ヶ月最低1回は貧血で倒れていて、
朝登校してそのまま保健室に直行する日も珍しくない
という程体が弱かったので、試験の最中貧血が起きて
うけられなくなることを非常に恐れていたのです。
特に3日続けて受験の日があったので、体力がもつか
どうか不安でしたが、HRのおかげで無事に受けることが
できました。そして、第1志望は不合格でしたが、受からない
と思っていた第2志望の短大に合格できたのです。
 絶対にダメとあきらめていた矢先のことだったので、
通知が来たときは母と二人で大騒ぎをして喜びました。
短大生になってからの私の生活は、それまでとはくらべものに
ならないくらい充実したものでした。
軽音楽サークルに入ってバンド活動に励み、サークルを通じて
かけがえのない友人が男女共にたくさんできました。
そして彼らと接していくうちにいろいろな価値観や
考え方がある事を知り、私自身とても成長させてもらいました。
体も丈夫になり、休日に遊びに行ったり(以前は家でゴロゴロ
するだけだったのです)旅行をしたり、徹夜で友人と語り合ったり
と本当に楽しい日々を過ごさせていただきました。
就職も、この就職難のなか第1志望の会社に内定をいただく
ことができ、HRのお陰と感謝の気持ちでいっぱいです。